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渋川春海の肖像画

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渋川春海の肖像画

渋川春海
江戸時代前期の天文学者、神道家、囲碁棋士。幼名は六蔵、通称は助左衛門、号は新蘆。一般に知られる「春海」は字である。姓は安井、保井、渋川と改姓した。日本独自の初めての暦(貞享暦)を作ったことで知られる。江戸幕府の碁方を務める安井家の安井算哲の長男として京の四条にて生まれる。父の死をうけ13歳にして二世安井算哲となり、長じて幕府碁方を務め本因坊道策らと名勝負を繰り広げた。若い頃から天文学や数学に興味を持ち、数学・暦法を池田昌意に、天文暦学を岡野井玄貞や松田順承に師事し学んだ。また垂加神道を山崎闇斎に、土御門神道を土御門泰福に学んだ。当時、日本では中国の暦を用いていたがかなり誤差が生じていたことから、春海は21歳の時に中国の授時暦に基づき各地の緯度・経度の測量を実施、その結果をもとに改暦を願い出た。その後、失敗と研究を繰り返し、改暦を願い出ること3度、1684年、ついに日本独自の暦となる大和暦の採用が決定、翌年より「貞享暦」の名で施行された。改暦の実現には徳川光圀や土御門泰福ら有力者の力添えもあった。改暦実現の功により、初代幕府天文方となり、江戸本所に天文台を建設(のち駿河台へ移設)、1690年には日本初の地球儀を製作するなど数々の功績を残した。著書に『日本長暦』『三暦考』『貞享暦書』『天文瓊統』など。墓所は東京都品川にある東海寺。近年、映画化もされた小説『天地明察』(冲方丁)の主人公となったことで広くその名を知られるようになった。

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