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春一番の若い頃(22歳、1988年10月)

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春一番の若い頃(22歳、1988年10月)

春一番
元プロレスラーのアントニオ猪木の公認モノマネで人気を博したピン芸人。本名は春花直樹(はるはな なおき)。高校時代は素行の悪さから中退、その後、埼玉の親戚のもとへ預けられ、甘栗太郎に入社しサラリーマン生活を送る。19歳のとき芸人になることを決意し、片岡鶴太郎の弟子となった。「春一番」という芸名をつけたのも師匠の鶴太郎。太田プロダクションの同期お笑い芸人に爆笑問題や松村邦洋がいる。大のアントニオ猪木ファンで、アントニオ猪木のものまね芸人として『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』をはじめさまざまなバラエティで活躍した。しかし、過度の酒好きがたたり事務所を解雇されたうえ、徐々に体調を崩すようになり2005年(平成17年)には腎不全で入院、手術を受けた。この際、アントニオ猪木も見舞いに来ている。その後、新たな事務所に移籍した春は営業を中心に活動していた。 2014年(平成26年)7月3日、隣で寝ていた妻が春の異変に気付き救急搬送されたが、そのまま帰らぬ人となった。死因は肝硬変。アントニオ猪木は「贈る言葉にふさわしくないと思いますがあえて『元気ですかー!』を送ります」と追悼コメントを寄せ、その死を悼んだ。 告別式のあと、春が遺したブログを妻が更新し、ファンや関係者へ感謝の意を伝えた。

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