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黒田長政の肖像画

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黒田長政の肖像画

黒田長政
幼名は松寿丸。通称は吉兵衛。洗礼名はダミアン。おもな官位は甲斐守、筑前守、従五位下、従四位下。父は豊臣秀吉の名軍師として名高い黒田孝高(官兵衛、如水)。 1568年12月3日に黒田孝高の嫡男として誕生した黒田長政は、1577年から織田信長への人質として織田家家臣・羽柴秀吉(豊臣秀吉)に預けら近江長浜城で少年期を過ごした。織田信長没後は父とともに秀吉に仕え、1583年の賤ヶ岳の戦い、1584年の小牧・長久手の戦い、1587年の九州征伐などで武功を挙げた。1592年から始まった文禄・慶長の役にも出陣し目覚しい働きを見せた長政だが、石田光成ら吏僚派と対立するようになっていった。そして1600年、関ヶ原の戦いが始まると石田光成嫌いの長政は徳川家康に与し、黒田軍を率いてその武勇を大いに発揮した。 また、小早川秀秋の寝返り工作を成功させたのも長政であり、東軍の勝利に多大な貢献を果たす。戦後、家康も長政の働きを一番の功労者と評価し、長政は筑前52万3000石を与えられ福岡城を築いた。

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