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太田道灌の肖像画

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太田道灌の肖像画

太田道灌
幼名は鶴千代。名は資長。おもな官位は正五位下備中守。一般的に知られている「道灌」というのは入道してからの号。 江戸城を築城した人物としても名高い。 太田道灌は、武蔵守護代である扇谷上杉家の家宰職を父から受け継ぎ、上杉定正の補佐役として、古河公方を称した上杉成氏との戦い(享徳の乱)、長尾景春の反乱などで目覚しい活躍を見せた。その功あって主家である扇谷家の勢力は増大した。しかし、1486年8月25日、主君・扇谷定正の糟屋館に招かれた道灌は暗殺されてしまった。死に際に道灌は「当方滅亡(自分が死んだら上杉家に未来はない)」と言い残したといわれる。

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