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『日本左衛門 中村芝翫』『見立絵手本』(豊原国周 画)

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『日本左衛門 中村芝翫』『見立絵手本』(豊原国周 画)

日本左衛門
江戸時代中期の大盗賊。本名は浜島庄兵衛。遠江国を本拠地に200人ほどの盗賊団の頭目として東海道沿いの諸国を荒らしまわった。その凶状に時の老中も動き幕府から火付盗賊改方頭が派遣され、盗賊団幹部数名が捕縛されたが、日本左衛門は逃げおおせた。しかし、安芸国宮島で自分の手配書を目にした日本左衛門はついに観念し、1747年、京都町奉行に自首、江戸へ送られ市中引き回しのうえ、小伝馬町の牢獄にて処刑された。ちなみに盗賊として手配書が出されたのは日本左衛門が初めてだという。墓所は静岡県にある見性寺、首塚は静岡県金谷宿の宅円庵にある。日本左衛門の逸話は肥前平戸藩主・松浦静山の随筆『甲子夜話』にも収録されている。また、歌舞伎の演目『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(通称:「白浪五人男」)で義賊「日本駄右衛門」として脚色され、庶民のヒーローとなった。

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