由比正雪の銅像(菩提樹院/静岡県静岡市葵区)
由井正雪
江戸時代前期の軍学者で、幕府転覆を図った「慶安の変」いわゆる「由井正雪の乱」の首謀者。出自については諸説あるが、駿河国由比の紺屋の子として生まれたとも、駿府宮ケ崎の岡村弥右衛門の子ともいわれる。17歳の時に奉公へ上がるため江戸に出、その後、楠木正成の子孫を自称する軍学者・楠木正辰(不伝)の弟子となり、その婿養子となった。正雪は江戸は神田連雀町で軍学塾「張孔堂」を開設、道場は3000人ともいわれる多くの門下生を抱え正雪の名も江戸で知られるようになった。1651年、3代将軍・家光が死去すると、正雪は幕政への批判と浪人救済を掲げ幕府転覆を計画する。しかし、実行寸前に密告により計画は幕府の知るとことなり、正雪は駿府の宿で捕り方に包囲されるなか自刃し果てた。静岡県静岡市葵区にある菩提樹院に正雪の首塚がある。
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