History Guide

西笑承兌の肖像画(大阪城天守閣 所蔵)

sengoku

西笑承兌の肖像画(大阪城天守閣 所蔵)

西笑承兌
豊臣秀吉や徳川家康の政治顧問を務めた臨済宗の僧。別名は、相国寺承兌。号は月甫、南陽。 西笑承兌は、荒廃していた相国寺の住持となるとこれを再建し「相国寺中興の祖」と呼ばれた。その後、豊臣秀吉の政治顧問となり、秀吉のブレーンとして重要な仏事を司った。また、外交通商文書の作成などにも携わり、1592年の文禄の役後の講和交渉では明の使者からの冊封状を秀吉の前で読み上げたという。秀吉没後は徳川家康に仕え、対朝鮮政策の補佐役を担った。 また、1600年に家康の命により上杉家との交渉に当たっていたが、このとき上杉家の家老・直江兼続から後世に「直江状」と呼ばれる書簡を送られたことでも知られる。

このエントリーをはてなブックマークに追加