『新撰東錦絵 生島新五郎之話』-絵島生島事件・大奥-(月岡芳年 画)
絵島
江戸時代中期の江戸城大奥御年寄。本名はみよ。「江島」の表記が正しいとも。歌舞伎役者と大奥女中ら多数が処罰された風紀粛清事件「絵島生島事件」の中心人物として知られる。甲府藩士・疋田彦四郎の娘として三河国に生まれ、江戸で育った。6代将軍・徳川家宣の側室・お喜世のかた(のちの月光院)に仕え、頭角を現す。1714年、月光院の名代として奥女中らと寛永寺、増上寺を参詣、その帰路、芝居小屋の山村座に立ち寄ったため大奥の門限に遅れた。絵島は歌舞伎役者・生島新五郎との密会を疑われ、拷問にもかけられたが自白せず、信濃国高遠藩へと配流に処された。27年にもわたる幽閉生活の果て、病のため死去した。墓所は長野県伊那市高遠にある蓮華寺。
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