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笠森お仙の美人画(鈴木春信 画)

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笠森お仙の美人画(鈴木春信 画)

笠森お仙
江戸時代中期の女性。江戸は谷中にある笠森稲荷門前の水茶屋「鍵屋」の看板娘として有名。浅草寺奥山の楊枝屋「柳屋」の柳屋お藤、二十軒茶屋の水茶屋「蔦屋」の蔦屋およしとともに「明和三美人」のひとりとして数えられた。お仙は12歳頃から家業である水茶屋を手伝い、茶汲み女として働いていたが、その可憐さからたちまち客の間で話題となった。さらに、浮世絵師・鈴木春信の美人画のモデルとなり、お仙の浮世絵が出回ると人気は爆発、江戸中からお仙見たさに参拝客が笠森稲荷に殺到したという。「鍵屋」もその人気に乗り、手ぬぐいやすごろくなど“お仙グッズ”も販売するなど、お仙の人気は一世を風靡するほどとなった。ところが、人気絶頂の1770年(明和7)にお仙は突然店から姿を消す。その理由についてさまざまな憶測が飛び交ったが、笠森稲荷の地主で幕府御庭番の倉地甚左衛門に嫁したというのが真相。お仙は9人の子に恵まれ、77という長寿を全うした。墓所は東京都中野区にある正見寺。東京都台東区谷中にある大円寺には小説家・永井荷風が建立した「笠森阿仙乃碑」がある。また、お仙をモデルとした作品に、河竹黙阿弥作の歌舞伎『怪談月笠森』(通称「笠森お仙」)や永井荷風の小説『恋衣花笠森』など。

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